半導体と哲学の交差点
― 第1章 「素材から始まる哲学」 2節 ―
◆ 元素としてのシリコン
シリコン(Si)──周期表で見ると14番目、炭素の真下にいる元素。
地球上で酸素に次いで多く存在し、岩石や砂の主成分でもあります。
つまり、シリコンは最も身近な「石」です。
この一見地味な元素が、今やAIもスマートフォンも宇宙開発も支える「知の石」になっている──
その事実に、私は技術以上の“物語”を感じずにはいられません。
◆ なぜ金属でも炭素でもなく、「シリコン」なのか?
技術者が素材を選ぶとき、その判断には膨大な条件が付きまといます。
「導電性」「熱耐性」「加工性」「安定性」「資源の豊富さ」「コスト」…
金属は電気をよく通しますが、ON/OFFの切り替えができない。
炭素は優れた結合力を持ちますが、結晶としての加工・制御の難しさがあります。
その中で、シリコンは次のような“ちょうどよさ”を持っていました:
-
半導体として絶妙なバンドギャップを持つ(1.1 eV)
-
熱や薬品に対して強く、酸化膜が作りやすい(=MOS構造に最適)
-
高純度単結晶の大量生産が可能
-
地球上に豊富に存在し、安価に手に入る
この“多面的な優位性”こそが、シリコンが世界を支配する理由です。
◆ かつて、主役は「ゲルマニウム」だった
意外かもしれませんが、最初に実用化されたトランジスタに使われた素材はゲルマニウム(Ge)でした。
1947年、ベル研究所のバーディーンとブラッテンは、ゲルマニウムを用いた点接触型トランジスタの発明に成功します。
当時の理由は明快で、
-
ゲルマニウムの方が製造しやすく、加工が簡単だった
-
常温での電子移動度が高く、応答性が良かった
という点がありました。
しかし、ゲルマニウムは高温に弱く、酸化膜も形成しにくいという致命的な欠点を持っていました。
このため、技術の進化とともにシリコンが逆転し、主流素材となっていったのです。
◆ 結晶、純度、導電性のコントロール
技術者たちは、シリコンの導電性を人為的に操作する方法を発見します。
それが「ドーピング」。ホウ素(p型)やリン(n型)などの微量元素を加え、
電子の流れやすさを変える=ON/OFFスイッチが作れるようになります。
こうして「PN接合」が生まれ、ダイオード、トランジスタ、MOSFET…と、
現代のあらゆる電子機器の基本構造が展開されていきます。
そしてその土台にあるのが、シリコン単結晶ウェーハ。
信越化学やSUMCOなどが供給するそれは、純度99.999999999%(イレブンナイン)を超える世界。
ただの石に、知性を宿す
この行為そのものに、技術者たちの思想が込められていると私は感じます。
◆ 問い
素材を「選ぶ」という行為には、何が宿っているのでしょう?
技術は単なる手段ではなく、選択の積み重ね。
「なぜこの素材を使うのか」という問いの中に、作り手の美学や思想が宿っているとしたら、
それはもう“哲学”そのものではないでしょうか。
▶ 次回:
第1章 第2節「信越化学という静かな巨人 ~哲学編~」へつづく
— 世界を陰で支える、日本発・超高純度ウェーハの哲学